流しの下の台には、タワシがわりの荒縄とクレンザーが置いてあって、その下の足元には細い排水櫛が流れていた。
鱗が散っても、臓が飛んでも、水をざぶっと流せば汚れはたちまち流れて行った。
たたきから上がり枢をどっこいしょと二段上がると、そこは六畳の板の間。
祖母はそこにしゃがみこんで、カツオブシを削り、青菜を刻み、のし餅を切り分けた。
まな板にまだ“足“があったころの話である。
そのころ、冬の寒さと手元の暗さ、膝の高さほどある段差や無駄な動線があったとしても、それはじゅうぶんな広さをもち、汚れを恐れぬ“使う台所“であった。
昔むかし、「湯殿」や「御不浄」は母屋と離れた別棟にあった。
時代が下り、敷地の規模がみみつちくなるにつれて、それらは母屋の一角の狭くて暗い北の隅に囲われるようになり、“バスルーム“とか“トイレ“と呼ばれるようになった。
「流し」だって、昔は屋外の井戸端にあった。
日本の家づくりの歴史は、さまざまな水まわりの設備を屋内に幽閉する歴史でもあったのだ。
で、ここへ来て、反乱をおこす設備機器たちがあらわれたのも無理はない。
まず、台所の設備たちが空間の狭さに耐え兼ねて、同居していた“食卓“を追い出した。
ダイニングキッチンがダイニングとキッチンにそれぞれ分離独立を果たしたのだ。
キッチンはがぜん広くなった。
つづいて「流し」が、より広いダイニングの一角へと逃走をくわだてた。
その中で、脱出に成功した一部の「流し」はアイランド型キッチンというお酒落な名前を手に入れた。
ただし、彼らも屋外へは踏み出せない。
逃げ出す庭がないからだ。
それに、バーベキューコンロのように、外のサンデッキの端までたどりついたのはいいけれど、ほとんど使われないまま見捨てられ、土挨をかぶり、淋しく雨に打たれているという惨めな結末を迎えたくないからだと思う。
いま、自分の定番の居場所から逃げ出したくてウズウズしているのが「電気洗濯機」だ。
これまで、洗濯機はバスルームの隣の洗面脱衣室に置く、というのが近代家族の常識になっていた。
近代家族というのは、野良着から背広に着替えたサラリーマン家族のことだ。
その特徴は「パパは仕事/ママは家庭」という分業である。
そこでママは考えた。
パパも子供たちもお風呂に入るとき、汚れ物を脱いだついでにそのまま洗濯機へポイしてくれたら、わたし。ずいぶん助かるわと。
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